祥月命日に

  • 2025.03.25

 15年前の今日は、もっと寒かったと記憶している。ただ、死亡宣告後に耳に入った雀の鳴き声は、今朝同時刻にクリニックで聞いたそれと変わらない。本日は父の祥月命日である。

 「誰もあなたのことを信じていない時に自分を信じることだ。そうすればあなたは勝つことができる」・・・・・ブログで何度も紹介してきた自分が好きな言葉の一つである。確かに信じ切ったのは自分である。しかし、それを救ってくれたのは、自分を信じ支えてくれた人々であり、そしてご先祖様である。感謝の気持ちを決して忘れてはいけない。

 毎日、クリニックの始業前には一日無事に診療が終えられるよう、そして終業後には診療が無事終えられたことに、西方へ「南無阿弥陀仏」と十念し感謝する。

 経営は「自らの命」であり、このブログは「自ら生きた証」である。一日一日どう生きたのか?常に考えそれを実行していれば、自然と文章は書けるものである。書けないということは、考えて生きていないということである。それは即ち、命と向き合っていないということである。

 私の生きる価値は何歳まで生きたか?ではなく、生きている間に社会のために何を成し遂げたか?である。断崖絶壁を乗り越えた頂から見える自分だけの絶景を常に想像する。・・・・・私はまだ何も成し遂げていない。