浄土からの手紙
- 2024.01.27
皆さんは身近で亡くなった方からのメッセージというものを経験したことがありますか?実際のところは、亡き人からメッセージなどくるわけがないので、穢土にいる受け手がどう感じたのかということです。
亡き父の胃癌が判明したのは2008年の秋でした。そして、それはすでの手術不能の状態でした。
医師7年目であった長男の私は、開業して25年経つ宮本診療所を継がないという選択をしました。その時の父の胸の内は、いかほどのものであったでしょうか?それは、その時と死の直前とでは異なるものであったかもしれませんが、今まで診てきた患者さんを放り出すことは、まさに断腸の思いであったでしょう。
宮本診療所を閉院してから15年・・・先日こんなことがありました。
私が数年来診ている患者さんです。一通りの診察が終わり、処方箋を発行しようとしていたタイミングで、「先生、堅田小学校だったんですか?」と聞かれました。ホームページに載せている私の略歴でそれを知られたようで、『以前堅田に住んでいたことがあるから聞かれただけだろう』と思ったのですが・・・
「先生は宮本診療所の・・・私も母も子供も、宮本診療所でお世話になったんです」
世の中、こんなことがあるのかと思いました。私が診療所を継ぐという選択をしていればそのまま引き継いで診ていた患者さんが、私が継がないという選択をしたがために診療所から放り出されたにも関わらず、私が選択した専門領域の疾患にかかり、堅田とは異なる地で診療している私に通院している・・・・・
こんな時に、父からの何らかのメッセージではないかと思うんですね。今の私の精神状態が見透かされているのかもしれません。
私は開業してまもなく2年が経ちます。開業は正直なところ苦しみの連続です。苦しみの類は様々ですが、周囲の先入観や偏見による精神的孤立が大きなものでしょう。大事なものを守り抜く気持ちが大きければ大きいほど、自らにのしかかるものは大きなものになります。
「お前は自分の力で自分の選択が正しかったことを証明してみろ。」
父からの手紙はきっとこのような内容でしょう。そしてその末文は、
「お前ならできる」