《国宝》渡岸寺十一面観音像

  • 2024.12.15

 父が亡くなってからあと3ヶ月で15年が経ちます。父の亡き後、自分にとっての節目、節目にはお寺に参ることにしています。決して参るお寺が決まっているわけではなく、以前は明智光秀の菩提寺である天台真盛宗総本山「西教寺」によく参りました。

 ちなみに、私が最も好きな戦国武将は、坂本城主である明智光秀です。坂本は私の実家である堅田から車で20分ぐらいのところにあります。大河ドラマ「麒麟がくる」で取り上げられましたが、光秀に対する私のイメージは世の中のそれとは全く異なります。

 本日は、長浜市高月にある渡岸寺観音堂(向源寺)へ行って参りました。国宝である十一面観世音菩薩を安置されているお寺です。

 十一面観音像で国宝に指定されているのは全国で八体のみですが、その中で渡岸寺の十一面観音像は最も美しいと評されます。

 20~30分間でしょうか、お堂に安置されている十一面観音像を、図らずも時間的・空間的に私が独占できる時間がありました。

 このような至福の時間が他にあるでしょうか?国宝の前に私たった一人しかいないわけです。こんなことありえないですよ、普通。博物館では国宝展なるものが数多く存在します。しかし、ギュウギュウ詰めの多くの人が流れ作業のように、ただそれを「見る」だけです。自らと向き合うことも、そして無になることもできません。

 私はゆっくりとそして立ち止まりながら観音様を眺め、そして考え、そして少し位置を変えてまた立ち止まり、眺め・・・角度を変えて見せてくださるその表情は、その都度異なるものです。360度回った後、観音様の正面で私は跪き、表情を眺めながら手を合わせます。

 数多くの衆生を救ってこられた膝にまで伸びるその観音様の右手に、私はすでに乗せられているようでした。

「意のままにやりなさい」