「蜜柑」:芥川龍之介
- 2022.10.23
最近の自分にはインプットの時間があまりない。講演発表やそのスライド準備に追われていることもあるが、外に出かけ文化的美品を浴びてセンスを養う時間、新たなアイデアにつながるヒントを得る時間をなかなか作ることができていない。
私は芥川龍之介の作品を好んで繰り返し読む。ブログでは「白衣・・・権威の象徴」(2022.06.18)の中で一度登場している。しかし、それでさえ最近できていなかった。
芥川龍之介の作風は、初期と晩年では大きく異なる。その時の自らの心理状況により、読み返す作品を選択するのだが、精神的疲労が大きい時に決まって読むのが、「蜜柑」である。
「色」と「音」を巧みに使い、それぞれの変換によって、まるで映写機で投影したスライドを変換するが如く、目の前の描写が刹那にすり替わる。そしてそれは、決してメインとなるものでなく、あくまで「主人公の心の転換」を演出する道具なのである。
そして、最後のシーンは、「色(蜜柑)」「音(弟たちの声)」「心(主人公)」が、汽車の動的なものの中の、たった数秒間のまさに刹那に、スナップショットとして凝縮された「美」なのである。
これを読んだ私は、主人公の如く、「云いようのない疲労と倦怠とを、・・・僅かに忘れる事が出来たのである。」(主)