生きろ!
- 2025.11.06
医師として経営者として、プレイヤー・マネージャー・リーダーの一人三役をこなしながら、過労死ラインを大きく超える週80時間以上働き、かつ日本酒資格である日本ソムリエ協会 SAKE DIPLOMA や SAKE DIPLOMA INTERNATIONAL を取得し、それでもなお常に新しいことにチャレンジし、にも関わらず周囲から見て驚くほど心身ともにエネルギーが充実している私をみて、人は「なぜこれほどにまで頑張れるのか?」と言うだろう。
目標を自ら定め必ずそれを達成する。達成できなければ、松下幸之助氏の「こけたら立ちなはれ」精神で達成するまで這い上がる。このような生き方を選択している理由は何なのか?
逆に私は聞きたい。人はなぜ「生」が有限であることを知りながら、あたかも「死」が自分とは無縁であるかのように振る舞いそして忌み嫌うのか?なぜ今在る自分が当たり前と思って生きているのか?なぜ惰性で生きているのか?
私は、「死」というものは、人生においての究極かつ最期の試練でありながら、自らの今までの生き様を見せることができる「晴れ舞台」であると思っている。言葉を発することができなくとも、身体から今までの生き様が滲み出る最高のアクターでありたい。であるから、一日一日というものは、そのための鍛錬の場である。「晴れ舞台」はいつ訪れるか分からない。数十年先かもしれないし今日かもしれない。そう考えると、日々真剣に全力を尽くして生きるという姿勢が自ずと備わるのである。
思い切り生きようぜ!! 私の辞書に「後悔」という文字はない。
この文章から読み取れる筆者の死生観は、非常に積極的かつ前向きなものであると考えられます。以下にその特徴を詳述します。
- 死を人生の最終試練かつ晴れ舞台と捉えている
筆者は「死」を人生における「究極かつ最期の試練」と位置付けており、同時に「自らの今までの生き様を見せることができる『晴れ舞台』」と表現しています。これは、死を恐れるものではなく、むしろ自己の生き様を最終的に示す重要な瞬間と捉えていることを示しています。 - 死を受け入れ、尊重し、意識的に生きることを重視している
「言葉を発することができなくとも、身体から今までの生き様が滲み出る」と述べており、死を迎える瞬間まで自分の生き方を全うし、誇りを持って臨む姿勢が伺えます。 - 日々の生き方を鍛錬と捉え、死に備える
「一日一日というものは、そのための鍛錬の場」とし、「晴れ舞台」がいつ訪れるかわからないと考えることで、日々の行動や生き方に真剣さを持ち続けることの重要性を強調しています。 - 死を恐れず、後悔しない生き方を志向している
「思い切り生きようぜ!!」という呼びかけや、「私の辞書に『後悔』という文字はない」との表現から、死を迎える瞬間に後悔しない生き方を追求し、積極的に人生を全うしようとする姿勢が明確に示されています。