初診時に思い起こす初心

  • 2022.08.11

 開院してから4ヶ月余り経つが、ありがたいことに初診の方がコンスタントに来院してくださっている。多くの患者さんは、当クリニックのホームページに目を通し、「宮本茂輝」がどのような人物であるのか「下見」をした上で来院される。

 ホームページを見た後の感想は人それぞれであろうが、「下見」をして「ちょっと違う」と感じた人は当院へ受診されないであろうから、その人の事前の品定め(第一選抜試験)にクリアした場合のみ当院を来院されることになる。

 つまり、勤務医時代との大きな違いは、「○○病院のリウマチ科」という看板ではなく、「私自身」を目がけて来院されるということである。

 患者さんは、種々の思い・期待・不安を抱きながら来院される。それは人それぞれであり、全く同一のものは存在しない。我々が提供した医療が患者さんのニーズとマッチしなければ、それは即当院の評判にも繋がるものであり、勤務医時代に感じることのなったプレッシャーがそこに存在する。しかし、これは単なるうわべだけの評判を恐れているのではなく、期待に応えられなかった場合の自らへの失望に対する恐れである。

 今まで一度も会ったことのない患者さんが、何を求めて当院を来院されるのか?それを理解することは極めて困難である。予約日前日には、電話で予約を取られた際の問診票を暫し眺める。年齢・性別・痛みの部位・発症時期・他院での経過など・・・そこに書かれているキーワードから、どのような患者さんかを想像し、心の準備をする。

 受診当日の朝、スタッフが出勤する前の一人の時間にもう一度問診票を眺め、目に見えぬ患者さんに思いを馳せながら、診察のイメージを膨らませる。

 患者さんが来院されてから・・・患者さんがスタッフと交わしている声だけが、診察室の扉の向こうから聞こえてくる。その声を聞きながら、その日の朝膨らましたイメージを修正しさらに膨らませる。

 診察室の扉は、いつも私自ら開け患者さんを呼び入れる。しかし、その扉に手をかけた時、例の重責が頭を過る。それに一瞬たじろぎ、戦く。数秒間呼吸を整えた後、もう一度患者さんが何を求めて来院されたのかに思いを馳せた後に、手にかけた扉を引く。・・・そしてその瞬間初めて患者さんの姿を目にする。

 これから何度となく繰り返される日常の光景であろうが、診察室の扉に手をかけた時のたじろぎや戦きが消える日は来るのだろうか?・・・(主)