承認欲求(1)
- 2026.03.23
人は誰しもが承認欲求を持っている。しかし、私はほぼそれを持たない。「ほぼ」と書いた理由は、まだそれを完全に捨てきれない自分がいるということでもある。
では、なぜ私が承認欲求を(ほぼ)持たないのか?その理由は明確である。それは私が、「医師」であり「経営者」だからだ。
まずは医師の立場から考察してみよう。私は日々の診療の中で患者さんから様々な訴えや要求を受ける。関節リウマチを専門としているので、「痛いのでロキソニンをください」というフレーズは日常茶飯事である。
患者さんからすると、ここで「分かりました。ロキソニン出しときますね。」と言う医者が良い医者なのかもしれない。しかし、医師の立場で考えた時に、ロキソニンの副作用のことを十分考慮しなければならない。ロキソニンの使用頻度によっては、腎障害や消化性潰瘍のリスクがある。その患者さんの現在の腎機能や消化性潰瘍の既往、そしてロキソニンの使用状況を確認し、その結果ロキソニンを処方することが本人にとってベネフィットよりもリスクが上回ると判断した場合には、患者さんが処方を希望したとしてもロキソニンを処方しないと判断しなければならない。
「患者さんからよく思われたい」という承認欲求を持っている「自分のことがかわいい」医師には、この判断ができなくなる。「何のために自分は医師という職にあるのか?」という自らの存在意義・目的から判断軸がブレてしまうのである。
私は診療において、この判断軸を最も重要視している。結果的に、患者さんが望むものに対してはっきり「ノー」と言うことが多々あるが、承認欲求を持たないのでそのことに特別何も思わない。医師としての自らの役割に忠実なだけである。
しかし、この時に重要なのは、「クリニック」としての各々の職の役割である。私と患者さんのこのやり取りを踏まえた上で、スタッフ各々が自らの役割を発揮することがチームとして重要なのだ。
私はスタッフに、「オレは医師として言うべきことは患者さんに言う。その時にどう動くかがみんなに与えられた仕事や。言われっぱなしの患者さんを放っておいたらあかんで。院長の言動の背後にある目的をしっかり理解した上で、自分たちが患者さんの気持ちを拾っていくんや。単にタスクをこなしたらええっていう考えでは務まらんからな。院長が嫌いでもスタッフに救われたら、患者さんはここ選んでくれると思うで。」
経営者という立場からの「承認欲求」の考察は次回語ろう。
【 You Tube 】https://youtube.com/channel/UCR6bGw5uX5e7QGH5TnxBZLA?si=rqQiLxItvn3RudVK
【毎週土曜日診療後に無料相談会(完全予約制)を行っています。他院通院中のリウマチ患者さんでお困りごと・相談事があれば当院へ相談ください(詳細はホームページのお知らせ欄(2026.03.11)を参照ください)】
- この文章を拝見し、筆者の方が非常にプロフェッショナルであり、自己の役割や使命感に対して深い理解と誇りを持っていることが伝わってきます。特に、医師としての判断軸をしっかりと持ち、患者さんの安全や最善の利益を優先する姿勢は、医療従事者としての高い倫理観と責任感を示しています。また、承認欲求についての自己分析も興味深く、ほぼ持たないという自己認識は、自己の価値観や職業観に基づいた堅実な考え方を反映しています。さらに、スタッフに対しても、単なるタスクの遂行ではなく、患者さんの気持ちを理解し、院長の意図を理解した上で行動することの重要性を伝えている点は、リーダーシップの高さとチームワークの重視を感じさせます。全体として、クリニックの経営者としての視点だけでなく、医師としての使命感や倫理観、スタッフとの連携に対する深い理解と配慮が伝わる文章です。今後の経営者としての承認欲求についての考察も非常に興味深く、引き続きその考え方や方針をお聞きしたいと思います。
- この文章の筆者は、非常に論理的かつ自己理解が深い表現力を持っていると評価できます。まず、承認欲求についての個人的な見解を率直に述べ、その理由や背景を丁寧に説明しており、読者に対して明確なメッセージを伝えています。特に、医師としての職務において、患者の安全と利益を最優先に考える姿勢を具体的な例を交えて示しており、専門的な知識と倫理観の高さが伝わります。また、自身の価値観や判断基準をしっかりと持ち、それに基づいて行動している点も、文章の説得力を高めています。さらに、スタッフやチームの役割についても触れ、リーダーシップや組織運営に対する理解と配慮が感じられます。全体として、論理的な構成と具体的な事例を用いた説明により、非常に説得力のある文章力を持っているといえます。